昭和50年02月06日 朝の御理解
御理解 第60節
『おかげは受け徳、受け勝ち。』
昨日はおかげを頂きまして、私の父の五十日祭併せて合祀祭を奉仕させて頂いた訳ですけれど。二・三日前に、偲草にさして頂く、父の八十八のお祝いの時に、白扇に自分で詠んだ詩を、まあ詩とも言えない程しのですけれども、それを白扇に書いて、そしてお祝いを頂いた皆さんにお返しに、記念品に送りました。その詩を私が色紙に書いて、そして石版状ですかして出来て参りまして、それを今朝神様にお供えしてお礼を申させて頂いておりましたら、「親の責任、子の責任」と言う事を頂きました。
私は思わせて頂きますのに、父は熱烈なと言う様な信心も致しておりませんでしたけれども、合楽で一番大事にされる、言うならば「成り行きを大切にする」というか、黙って治めると言う事の、もう第一人者の様であったと思います。それは信心が解って此れが「真の信心だ」なんていう理屈は付いてはおりませんけれども、確かに私共が子供の時から物心付いて怒られた事がなし、要求された事がないのですから。ね。此れだけでも本当に偉大だと私は思います。言うならば成り行きに逆らわなかったんです一つも。
そしてそんなら私と、なら椛目の妹なら親の責任。さあ親の責任としてその嫁子を持たせてやらなきゃならない、良い仕事就けさせてやらにゃならん。ね。まあ一生立ち行く様に財産も残しとってやらんなん。此れはまあ親の責任だと、普通では申しますけれども、そう言う物ではさらさらないのです。なら私と妹が、今日此の様な風におかげを頂いて育たせて頂いて、恐らく御霊と致しましてもです、「いや本当に息子は先々どげんなるじゃろうか。娘は自分がおらんごとなったらどうなるだろうか。」
と言う様な不安も心配も先ず、私共兄弟にはないのではないかと思います。いやもうむしろその事は、もう安心し切って、喜び切っておったと言う様な感じがいたします。言うならば見事に親の責任を果たしておる事になります。そこでなら私共としましては、先祖に対する又親に対する、その御霊への此れからの奉仕と言う事は、子の責任において、此れが実意を込めてのおかげになって来なければならないと言う訳であります。言うならば心使いをしなければならないと言う事であります。
昨日五十日祭をしたつ部屋でありました。あちらは荒木の間にしておりましたから、あちらで奉仕さして頂きました。日田の綾部さんが玉串をお上げになる時に、丁度私の前で、何処を見るともなしに見せて頂いたのが、この縫いのも縫いった紋付きですかね。それに締めておられる帯の後ろにね、蓮の花とそれから葉をあしらった刺繍かなにかのしてある帯で御座いました。それを見せて頂いたらね訳なく感動するんです。何でこんな感動になって来るだろうかと私は。
そしてあとから思わせて頂いた事は、言うならば「心使い」だと言う事です。恐らくあれはご法事か仏事ごとだけにお締めになる、あの帯じゃないかと思います。ね。蓮の花それに蓮の葉をあしらった帯、その模様ですから、普通のご祝儀やらなんやらの時には締められないような感じです。そういう言うならばです、あの細かい所に心を使わせて頂く。しかもそれが信心で使わせて頂く。此れは子の責任においてです、ね、此処の所が私は、おかげを頂かしてもらわなければなりません。
五十日を毎日私は夕食をあちらでさして貰い、ご承知の様に私共は二食ですから、普通では「三度三度」と言う所でしょうけれども、此処の場合はまあ「二度二度」と言う事になります。の食事を御霊様にも、生前と一つも変わらない様に、その中間のお茶やらおやつまでも奉仕させて頂いて、そして夕は私と久富先生と母と家内と四人で、その晩酌を楽しんでおりましたから、お相伴させて頂いて、またお下がりを頂くと言う様な五十日間を繰り返させて頂きました。
言うならば五十日間は、ね、肉体を失くしました魂の修行の場であります。五十日間は。末永先生が亡くなりました三日目ですか、頂いておりますものが、真っ裸で山を登っておる、しかも八合目位に登っておる。その様子を母が見て「御爺ちゃんどうした事ですか」と言うてその、申しましたら手でこう制しながらね「神様のご都合じゃ。神様のご都合じゃ」と言うて何回もこう言うたお知らせを頂いたというが、結局五十日祭を終えさして貰うて御霊の世界に入らせて貰う時に。
御霊の力御霊の、言うならば値打ちと言う物がはっきり分かるんです。此れは私共でも天地の親神様からのお仕着せですよ。こうやって皆さんが洋服を着ておられる、和服を着ておられるけれども、貴方方は自分で買うて自分で作ったと思うとるけれども、良く良く言うと、此れはお仕着せなんです。神様の。昨日壮年部会に石井清さんが発表しておりましたが、最近合楽で言われる「自力」とか「他力」とかと言う事もです、ね。自力と思うておる事も、実は他力だと。
それどころじゃないです、そこが解る為に言わばだから「他力、他力」というておっても、我があったらそれはもう他力じゃないです。他力のおかげは受けられないです。ね。例えばなら皆さんが一生懸命こうしてお参りをなさる。言うならばそれは言うなら、自分の力で参って来取る、自力の様にありますけれども、ね。結局は参らされて参って来ておる。参ろうと思うても頭が痛かった、腹が痛かったちゅうたら参って来られんじゃないか。言うなら許されて参って来ておるのだから、他力なんですやっぱり。
だからその悟りがスッキリで来た時にです「自力もなければ他力もない」という、言わば境地が開けて来るのです。解っただけではダメです。ね。だから結局我が抜けなければならないと言う事です。と云う様になら私どもが着ておるというても、許されて着せて頂いておるんです。御霊の、なんか其処ん所は愈々はっきりしとります。ね。それこそね紋付き袴に威儀を正しておれれるようなおかげを頂くか。
それこそヨレヨレの浴衣一枚で、それこそ縄帯的な感じで、その着物も言うならば許されてないという御霊達も沢山あるのです。ですから言わば私共魂の世界に入った途端から、五十日間其処はまぁだ御霊様とも、人間の世界と御霊様の世界で本当の安定がいけてないと言う見地から、仏教では四十九日と言い、お道では五十日間の、言うならばあの奉仕をさせて頂きます。遺族の者の嘆きとか悲しみとか、または亡くなった者の未練と言った様なものがです、まだ交錯しておる時期だと言う訳です。
だから例えばなら、三度三度のお食事でも、普通の様に、ね、奉仕をさして頂くのだと言う風になっております。ね。言うならば五十日間の間は、一糸まとわない何も言わば詞の、詩の言葉を借りるとです「元の身にして」と言う事なのです。人間が生まれて来た時にです、ね、一糸まとうて生まれてきたという者はありません。それこそ丸の裸で生まれて来ております。有難し又「只有難し、有難し、我が身一人は元の身にして」というその「元の身にして」なのであります。
それに例えばその、御霊の力と言うか、お徳と言うか、それに相応しいお仕着せを頂くのが五十日祭と合祀祭のお祭りが、そう言う風に仕分けられる訳であります。私は今朝その昨日の事を、まあ繰り返し繰り返し、まあ本当に父が生前に、例えば自分が亡くなったなら、此の様な素晴らしい告別式やら、此の様に素晴らしい九日祭やら、十日十日のお祭りやら、此の様に素晴らしい五十日祭やら合祀祭やらを奉仕して貰うでんなんてん、もうそれこそ夢にも思わなかった事だろうと思います。
けれどもどう言う場合であっても、それを黙って受けて行くという、言うならタイプでありましたからです、それがどう言う事であっても、そりゃ黙って御霊になっても受けて行くでしょうけれども、此の様なそれこそ夢にも思わなかったようなおかげに展開して来るとは、夢思わなかったに違いはないです。なら此れから私共が、子の責任においてです、愈々御霊の上にもです、思いを、いうならば細かに使わせて頂けれるおかげを頂いて行く事によって、言わば私共もおかげを頂き。
御霊様も喜んで頂けれる世界が開けて行くわけで御座いましょう。本当に此れはもうね、御霊様だけは大事に扱わにゃいけませんです。もうそれこそ、その綾部さんのその帯の模様じゃないけれどもね、そう言う事にですら心を使わして貰うと言う事です。「いやあ今日は暑い、喉が渇く。御霊様もひょっとすりゃ水が飲みたい、喉が渇いておられるのじゃなかろうか」と。しきりに甘い物が欲しい。御霊様も甘い物が欲しいと言うておられるのじゃなかろうか、と言う様なね心を使う事です。ね。
まあそれがいうならば御霊に対する信心です。「何事も信心になれよ」と仰せられるそれなんです。今朝からのご祈念の中にも、昨日のそういう本当に限りにないおかげを頂かせて頂いてお礼を申さして貰いよりましたら、その思わずやっぱり口ずさむ様にご祈念の中に出て来る物は、矢張りその父の詩で御座いました。ね。「有難し、只有難し、有難し、我が身一人は元の身にして。」
こう言う素晴らしい信心境地を目指してお互いがおかげを頂きたい。私共が一生を終わらせて頂く時にです、只ただ、もう有難い以外には何にもない。しかも元の身にして。生まれた時と自分の体を、がそのままにです、成程八十になり九十になりますから、皺も寄りましょう、白髪も出来ましょう。けれどももう只自然の働きのそのままをです、受けて受けて受け抜かせて頂いて、と言う事が私は「元の身にして」だと言う事だと思うです。ね。人工的なものがないです。
第一私は、入れ歯をする事すら致しませんでした。もう第一もうこのはあやっぱ父のそう言う物が、私が自然主義的な信心になったんだと思うんですけれど。お風呂へ入って石鹸と言う物を先ず使った事がないです。もう言うならば本当に自然主義です。もう亡くなって改めてそう思うんですけれどもね。そう言うそれは見習うたと言う訳でもないけれども、そう言う生き方が、私共の上にも、信心の上にやっぱし現われて来た様に思います。本当に「元の身にして」であります。人工的なものがない。ね。
その代わりにもう四十何年間ですか、ね、もう本当に「もうまるきり御爺ちゃんは金光様ごたるの」という、もう座りきり、どこにも行こうとも思わんし、外にも出らないし、ね。もう所謂火鉢の番で御座いました。どぉうして、どうこも痛いもなからなきゃ痒いもない。肩一つ揉んでくれという、腰一つ擦ってくれと言うた事がないんですからね。九十三、数えの三歳まで。
そういう例えばです、おかげの一つのお互いの理想というですか、本当に有難い有難い。そしてしかも元の身にしてそのまま大地に還元して行く、還って行けれるというおかげを頂きたい。ね。その事を私は繰り返し心の中に唱えさせて頂いとりましたら、もうご神前で止めどもない涙が流れるんです。どうした事だろうかと、そして頂きましたのが昨日、日田の竹野さんが、あちらのお父さんが、此処のご神前をご神殿の方だけは竹野さん方親子でなさったんです。
金光様のお宅を建てられた大工さんです。で金光様のお宅に長くおられました時に、今の金光様から書いた物を頂いておられたと。この頃見えました時に、此処に金光様のいろんな軸とかいろんな、沢山ありますもんですから。それを見てから「家にも書いて貰った物がありますから、家に置いとっては勿体無いから、こちらにお供えさして貰いましょう」言いよりなさいましたけれども。
まあ頂くとは思いませんでした。所が思い出しなさったんでしょう、それこそ昨日竹野さんが持って来て下さってあった。昨日の鳥栖の市長さんが言われる様に、「私は、今日の御霊様に導かれて、今日は合楽におかげ頂いたのじゃろうかと思う」と言われる様に、又は今日の竹野さんの、もう早からそれを言うておられたのが、昨日それをお供えに持って来ておられる所から、ほれこれ御霊の働きではなかろうかと言う風に、まあ感じずにはおられません。
それを私が今日、父の詩のそれを心の中に繰り返し繰り返し、ほんとに皆んながこういうおかげを受けたら有難い事だな、と言う事です。不平もなからにゃ不足もない。何十年というお生かしのおかげを頂きながらです、ね。そして言わば安楽往生が出来ると言うそのおかげをね、思わせて頂いておりましたら、有難うして有難うして、それこそ、とめどもない涙がこぼれるほどしでございましたが。その時頂いたのが、これでした。昨日頂いた此れなんです。
此れは雪、山・川でしょうか。雲・山・川ですか。ね。金光様の此れえらく感動して、もうそれこそお道の信心さして頂く者が、それこそよだれの出る様に欲しい物ですよね。金光様のお書き下げ。もうそれこそ色紙一枚、または短冊一枚でも、ほんとにもうそれは、色々関係のある方にお願いをして書かれるけれども、絶対この判を押されないそうですね。信者がお書き下げを願った時に。
そしてあの、色んな理屈を付けて、理屈を付けてじゃないだろうけれども、お書きにならんそうです最近は。けれども此の御理解を頂いたのも、矢張りあの銀座の寿司屋から来とりましたが、やっぱこの判が押して御座いました。此れもやっぱり竹野さんに、結局金光様が送られておられるのですから、ここに判がちゃんと押してあります。これを頂くんです。「雪・山・川」ですね。本当に一生が修行だと。ね。
私は雪を修行だと言う風に頂きます。山も又修行ですけれども、言わば亡くなって山登りをまだしておって、八合目当たりであると言う所が、私は五十日祭までの御霊の、ながらの修行と思います。ね。そして川であります。ね。それこそゆったりと天地に還元して行くと言うか、天地に還って行くと言う御霊の、言わば素晴らしい働きになって行く訳で御座いましょうがね。成程御霊の働きが鳥栖の市長さんと言い、あら金光様のこのお書き下げと言いです。
それを感じずにはおられませんがです、今日の「おかげは受け徳、受け勝ち」と言う事です。ね。おかげは頂き儲けと言った様なもんじゃなくてです、先ず受け徳だと言う事です。先ず徳を受けると言う事です。ね。先ず徳を受ける所にです、おかげは、願い通りのおかげではなくてです、私は思いますのにもう、願い通りのおかげ、願いと言う事ではなくて、お徳を受けて、それこそ父の事じゃありませんけれども、こう言う例えば五十日祭やら合祀祭やらを、ば仕えて貰う。
昨日ちょうど告別式の時の写真が四・五十枚位出来て来ております。それを見せて頂いて、もう又一段とあの告別式の素晴らしかった事を思わせて頂いた事で御座いますけれども。本当に夢、生前父が感じた事のなかった様なおかげを受けておると言う事は、まさしく私は受け勝ちだと思います。その為には、何十年間の間です、もうそれこそ自然を大事に、自分でもそうは感じてないでしょう。
今改めて思うてです、成程自然の働きをそのままに黙って受けて治めてきた人だ、しかも、親の責任においてです、子供達の上にも此の様なおかげを受けておると言う事実がね、お徳にならないはずがなかったと思うのです。おかげは受け徳、受け勝ちです。先ず受け徳です。先ず徳を受けなければなりません。そうしてからのおかげでなからなければね、矢張りおかげが不自然な物になる。ね。
神様に昨日の御理解を申しますならです、ね。神様がいうならば五体であるならば、私どもがその手足にならせて頂こうという生き方。ところがその、おかげをおかげをと言う人はです、自分が芯であって、神様ば手足のごと使おうと思うというのが、「おかげ下さいおかげ下さい」と言うのです。此れでおかげに、本当におかげになるはずがありません。お徳として治まって行くはずがありません。ね。
自分が芯だ。そして神様を手足のごと使う。集金に行くからお願いします。病気を治して下さい。まるきり医者やら薬のごと思うとる。神様を。ね。まるきり神様ば集金人のごと思うとる。そう言う事ではなくてです、神様の働きその物にです、私どもが純な心で「どうぞ神様の手に足にならせて下さい」と言う所に信心共栄、神様と私共が共に合楽のおかげを頂いて行くと言う事になるのです。ね。
ですからなら私どもは、痛い事もありゃ痒い事もある。願い事が沢山ありますけれども、なら願ってはならんかではなくて、願う時点においてです、願ったらもう神様にお任せする、と言う事でなかにゃいけないのです。「お願いしとるばってん、まだ頂かん」て、おかげば待っとるなことじゃできんです。お願いをしたら、もう神様にお任せするのです。そして神様の手足になる事を願うのです。ね。
そこからそう言う信心から受け徳です。お徳を受けて行くでしょう。そう言うお徳の受け物に対してです、限りない、言うならばおかげに繋がって参ります。そう言うおかげを私は、「受け徳、受け勝ち」だと言う風に今日は聞いた頂きました。先ずは「受け徳」ね。まず徳を受けなければならない。それから先に頂けれるおかげと言うのがです、もうこげん頂いて良かじゃろうか、と思う程しのおかげが限りなく、しかも頂けれるおかげこそが「受け勝ち」のおかげだと思います。
どうぞ。